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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6455号 判決 1963年1月30日

原告 京浜建材株式会社

被告 中小企業金融公庫 外二名

主文

原告と被告中小企業金融公庫との間において、同被告が別紙第一目録<省略>掲記の不動産及び動産につき同第二目録<省略>記載の抵当権を有しないことを確認する。

原告と被告株式会社徳陽相互銀行及び同京浜ラス株式会社との間において、前項記載の動産が原告の所有に属することを確認する。

被告株式会社徳陽相互銀行は原告に対し、第一項記載の不動産につき東京法務局大森出張所昭和三二年一二月二七日受付第四〇四八八号を以つてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告京浜ラス株式会社は原告に対し、第一項記載の不動産につき右法務局出張所昭和三三年九月二七日受付第二九一五一号を以つてなされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をし、右不動産を明渡し、第一項記載の動産の引渡しをせよ。

原告の被告京浜ラス株式会社に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨並びに被告京浜ラス株式会社に対し、昭和三三年一月二二日以降別紙第一目録掲記の物件の明渡及び引渡済に至る迄一ケ月金一五万円の割合による金員の支払をせよとの判決及び右物件の明渡、引渡並びに金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)、別紙第一目録掲記の建物及び機械(以降本件物件という)は原告の所有に属していたものである。

(二)、原告会社代表取締役宮崎政則は、昭和二八年一二月二九日被告中小企業金融公庫(以下、単に被告公庫という)と、その貸付業務代行者である被告徳陽相互銀行(以下、単に被告相互銀行という)を通じ、訴外赤井鉱業株式会社(以下、単に赤井鉱業という)が被告公庫と締結した消費貸借契約に基づく債務の担保のため、原告所有の本件物件に工場抵当法第三条に基く別紙第二目録記載の抵当権を設定する旨の契約をし、翌三〇日東京法務局大森出張所受付第一二一四〇号を以つて抵当権設定登記を経由した。

その後、昭和三二年五月一〇日被告公庫から本件物件につき東京地方裁判所に前記抵当権に基づく競売の申立がなされ、その競売手続において被告相互銀行がこれを競落し、同年一一月二一日競落許可決定を得、代価を支払つて、本件物件中の建物につき前記法務局出張所同年一二月二七日受付第四〇四八八号を以つて所有権移転登記を経由し、その頃本件物件の引渡を受けた。

被告京浜ラス株式会社は昭和三三年一月二二日設立とともに、被告相互銀行から本件物件の引渡を受け爾来これを占有しているところ、同年九月一五日被告相互銀行と、同被告からこれを買受ける旨の売買の予約をし、建物につき前記法務局出張所同月二七日受付第二九一五一号を以つて所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(三)、しかし、原告と被告公庫との間に締結された、前記の本件物件に抵当権を設定する旨の契約は次の理由によつて無効である。

(1)、訴外宮崎政則は原告会社の代表取締役であるところ、当時、同人は、赤井鉱業の代表取締役でもあつたので、一面赤井鉱業の代表者として被告公庫と、その貸付業務代行者である被告相互銀行を通じて前記消費貸借契約を締結するとともに他面原告会社の代表者として本件抵当権設定契約を締結したのであるが、右取引は、原告会社の取締役である宮崎が赤井鉱業のために被告公庫を通じて原告会社と取引をした関係にあるのであるから本件抵当権設定契約は商法第二六五条所定の会社取締役間の取引に該当するからこれについて取締役会の承認を受けなければならないのに、本件においてはその承認を受けていない。それ故、本件抵当権設定契約は右法条に違反する無効のものである。

(2)、仮りに、商法第二六五条違反の取引の効力について被告等主張のごとく解すべきものとしても、本件においては、被告等はいずれも取締役会の承認の欠缺について悪意の第三者である。いずれにしても本件抵当権設定契約は無効であるから、被告公庫は本件物件につき第二目録記載の抵当権を取得する筈がない。而して、抵当権設定契約が無効である以上、これに基づく競売手続において被告相互銀行が本件物件を競落してもその所有権を取得するに由なく、その所有権移転登記も無効である。さらにまた、被告京浜ラス株式会社が被告相互銀行と本件物件につき売買の予約を締結しても契約の完結によつてその所有権を取得するに至ることはなく、従つてその仮登記も無効である。

(四)、以上の次第で、原告は本件物件の所有権を失わないものであるところ、被告京浜ラス株式会社は昭和三三年一月二三日以来不法にこれを占有し、原告の所有権を侵害して賃料相当の損害を加えている。而してその賃料相当額は月額一五万円であるから同被告は原告に対して右損害を賠償する義務がある。

(五)、よつて原告は被告公庫との間に抵当権不存在の確認を求め、また、爾余の被告等は本件機械が原告の所有に属することを争つているので同被告等との間にその確認を求める。なお、被告公庫の抵当権は競売によつて消滅したとしてその設定登記を抹消されたものであるが本件の判決によつて競売が無効であることが確定すれば回復登記がなされる可能性があるので、原告は被告公庫との間に本件抵当権が存在しないことの確認を訴求する利益を有する。また、原告は被告相互銀行に対して前記所有権移転登記の抹消登記手続を求め、また被告京浜ラス株式会社に対して前記仮登記の抹消登記手続、建物の明渡、機械の引渡及び損害の賠償を求めるものである。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

(一)、原告主張の(一)の事実を認める。

(二)、同(二)の事実を認める。

(三)、同(三)の(1) の事実は、本件抵当権設定契約の締結につき取締役会の承認を受けていないとの点、従つて、右設定契約が無効であるとの点を除きすべて認める。訴外宮崎政則は右抵当権設定契約の締結につき昭和二八年一二月五日原告会社の取締役会の承認を受けたものである。仮りに、適法な取締役会の承認が無かつたとしても、取締役会の承認は、取締役と会社との取引を内部的に規制するに止まるものであつてこれに違反する取引も有効が、当該取締役や悪意の第三者がその取引によつて取得した権利を会社に対して主張することが信義誠実の原則に違反し、許されないというに過ぎない。而して、被告公庫及びその代行者たる被告相互銀行はいずれもこの点につき、取締役会の承認があつたものと信じて取引した善意の第三者である。いずれにしても原告の主張は失当である。

(四)、同(四)の事実は被告京浜ラス株式会社においてこれを争う。<立証省略>

理由

一、原告主張の(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがない。

二、(一) よつて、同(三)の事実について考えるに、訴外宮崎政則が原告会社の代表取締役であるところ、同人は同時に赤井鉱業の代表取締役でもあつたので、赤井鉱業の代表者として被告公庫の貸付業務を代行していた被告相互銀行を通じ被告公庫と本件消費貸借契約を締結し、他面、原告会社の代表者として被告相互銀行を通じて被告公庫と本件抵当権設定契約を締結した事実は当事者間に争いがない。

(二) そこで、右抵当権設定契約が商法第二六五条所定の会社取締役間の取引に該当するかどうかを検討するに、本件においては、以下説示の理由により右法条所定の取引に該当するものとしなければならない。すなわち、右法条所定の取引とは、株式会社の取締役が当事者、または第三者の代表者若しくは代理人として、会社とする財産上利害の衝突をきたすべき取引を指称するものであつて、会社と一般第三者との間になされた取引は実質からみて会社と取締役またはその代表、代理する第三者との間の取引と同視しうべきもののほかこれに該当しないものと解するを相当とする。(そのように解しないと、会社とその株主等の保護は厚くなるが、他面著しく取引の安全を害することになる)。然るに、本件抵当権設定契約及び消費貸借契約の相手方はいずれも被告公庫であつて、両取引とも原告会社と赤井鉱業との取引ではないから、その点だけから考えると、本件抵当権設定契約は商法第二六五条の取引に該当しないかのようである。しかし、成立に争いのない乙第二号証、証人宮崎政則(第一、二回)及び同中谷彦一の各証言並びに弁論の全趣旨に徴すると、原告会社が被告相互銀行を通じて被告公庫と本件抵当権設定契約を締結したのは赤井鉱業の委託によるものであつて、右委託契約は原告会社の取締役である宮崎政則が赤井鉱業の代表者として原告会社に委託したものであることが肯認されるところ、右委託契約が商法第二六五条所定の取引に該当することは疑いの余地がない。而して、一般的にいうと、担保供与の委託契約と、右委託された事務の履行である抵当権設定契約とは別個独立の法律行為である(従つて前者の無効は当然には後者の無効原因になるものではない)けれども、場合によつては、両者が結合して、抵当権設定契約が実質的には抵当権設定者と担保供与の委託者との間の取引と同視しうべきものとなることも考えられる。これを本件についてみるに、原告は、本件抵当権設定契約が商法第二六五条所定の取引に該当する根拠について具体的な事実上の主張、立証はしないけれども同契約が右法条所定の取引に該当する事実関係にあることは被告等の認めるところであるから当裁判所も同契約が商法第二六五条所定の取引に該当するものとして判断を進める。

(三) よつて、進んで、宮崎政則が本件抵当権を設定するについて原告会社の取締役会の承認を受けた事実の有無について考えるに、同事実を肯認すべき証拠はなく、却つて、証人宮崎政則(第一、二回)、同大城有、同下出誠、同河野公夫(後記信用しない部分を除く)、同中谷彦一、同原島康雄、同瀬上一夫及び同佐藤良三郎の各証言並びに右の各証言により河野公夫の作成部分は真正に成立したものであるが、その余の部分は河野公夫の指示により原告会社の事務担当者が作成したものであることが認められる丙第一号証を綜合すると、原告会社は訴外中谷彦一を中心とする同族会社であつて、取締役には同人の親戚、知人が就任しているが、取締役会は殆んど開かれたことがなく、重要事項は専ら中谷彦一によつて企画、決定され、代表取締役たる宮崎政則と雖も、中谷彦一の指示に従つて事務を処理するに過ぎず、従つて、本件抵当権設定契約の締結についても取締役会が招集されたことも、承認決議がなされたこともなかつた事実及び原告会社は被告公庫の代行機関たる被告相互銀行から本件抵当権設定承認の取締役会議事録の提出を求められた際、原告会社の取締役である河野公夫の指示により、原告会社の事務担当者が取締役会において本件抵当権設定契約を承認した旨を記載した取締役会議事録を作成しその写を被告相互銀行に提出したものである事実が認められる。証人河野公夫の証言中この認定に抵触する部分は信用することができない。

(四) ところで、商法第二六五条に違反し、取締役会の承認を受けずになされた取引は無権代理人の行為と同様絶対無効のものではなく、取締役会の追認によつて有効になる余地があるけれども、追認がない限り効力を有しないものと解するを相当とする。右の解釈と異なる被告等の見解は独自のものであつて採用の限りでない。

四、以上の説示によつて明らかなように、原告と被告公庫との間に成立した本件抵当権設定契約は他に特段の主張、立証のない本件においては無効であるといわなければならないから、被告公庫は本件抵当権設定契約によつて本件物件につき抵当権を取得する筈がなく、従つて、被告公庫が本件物件につき抵当権を有するものとしてなされた競売手続において被告相互銀行が競落しても本件物件の所有権は同被告に移転せず、また、被告京浜ラス株式会社が、被告相互銀行と本件物件につき売買の予約を締結しても、契約の完結によつてその所有権を取得するに由ないものである。要するに本件物件の所有権は依然として原告に属しているものである。従つて、本件建物についてなされた所有権移転の登記も仮登記も抹消を免れない。それ故、原告に対し、被告相互銀行は主文第三項記載の所有権移転登記の、また、被告京浜ラス株式会社は同第四項記載の所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をすべき義務があり、また、前示のごとき関係にある以上、原告は被告公庫との間において、同被告が本件物件につき別紙第二目録記載の抵当権を有しないことの確認を求める利益があり、また、被告相互銀行及び同京浜ラス株式会社との間において、別紙第一目録掲記の動産が原告の所有に属することの確認を求める利益があるものというべきである。

なお、被告京浜ラス株式会社が本件物件を原告主張の頃から占有していることは当事者間に争いがないので、原告は同被告に対して本件不動産を明渡し、本件動産を引渡すべきことを請求する権利を有することは明らかであるが、しかし、原告が同被告の本件物件の占有によつてその主張のごとき額の損害を蒙つている事実を認めるべき証拠はないから原告の同被告に対して損害賠償請求権を有する旨の主張は排斥を免れない。

五、よつて原告の本訴請求中被告京浜ラス株式会社に対して賃料相当の損害金の支払を求める部分は理由がないからこれを棄却しその余の請求はいずれも理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言を付するのは相当でないからその申立を却下することとする。

(裁判官 石田実)

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